M邸〜INNOCENT HOUSE〜

TEAM A+D PROJECT 第1号完成!

 このたび完成したM邸〜INNOCENT HOUSE〜は、「TEAM A+D PROJECT」としての第1号の建物になります。「チームエーディプロジェクト」とは、わかりやすく言うと、従来から私共で手掛けている「A+D Style Home」が完全オートクチュールの家だとすれば、さしずめプレタポルテの家というイメージでしょうか。「A+D Style home」の場合は競争入札を行うことで、質を落とさずにいかにしてコストを下げるかに挑戦していますが、30代の子育て世代の、ある程度予算の限られた住宅を考えるときに、洗練されたコンパクトな住宅を、必要な機能はきちんと持たせた上で、もっとリーズナブルにシンプルにつくることはできないかということを、これまでの経験をベースにして、建築業者さんたちといっしょに挑戦した新しい試みが TEAM A+D PROJECTです。
 このプロジェクトには規格があるわけではありませんが、工期を短縮するために工法を限定しています。従ってあまり複雑なもの(例えば3階建てや地下のある家、規模の大きな家、傾斜地などの特殊な条件の敷地)には対応できませんが、PLANNINGという点ではかなりの自由度があります。特徴的なことは、工程管理を綿密に行うことで工期を短縮し、無駄な人件費や経費を抑えることができるということです。今回のINNOCENT HOUSEは32坪の住宅(高断熱・高気密、全面床暖房、ペアガラス、建具・キッチン・収納などはすべてオーダー)を2150万(消費税込、設計料は別途)という価格で実現できたました。設備や造作部分では妥協することなく、建築現場の無駄をなくしたことで、これだけのコストダウンができたことは、かなり画期的なことではないかと思います。

−工期約2ヶ月

 今回のINNOCENT HOUSEは、8月22日に地鎮祭を行い、その後着工して10月末には完成することができました。もちろん設計の段階で、天候に左右されにくく、現場がスムーズに進行できるような工法を考えていたわけですが、それでも図面だけを渡して施工すれば、同じ工法でも4ヶ月はかかったでしょう。では何が違うのかというと、現場に空きがでないように工程を厳密に管理したこと、そして現場で作業する各業種の職人さん一人一人と設計者である私が直接対話して、建物の考え方、設計の意図を現場監督さんとその下請けの職人さんのすべてに共通認識として持ってもらったことです。普通は設計者の意図することや、考えを直接下請けさんに話をすることはほとんどありません。現場の工程も監督さんが組み、管理していきます。しかし、そこに多くの無駄が含まれており、結局それがコスト高に結びついている部分があることをこれまでの経験から感じており、今回、その点に着目して、質を落とさずにコストダウンすることに挑戦したのです。

−想定外の効果

 建築の現場で大工さんが最初から最後まで取り仕切っていた時代は終わり、建物が出来上がるまでには多種多様な業種の人々が現場に出入りします。基礎屋さんに始まり、型枠屋さん、鉄筋屋さん、生コン屋さん、大工さんにサッシ屋さん、塗装屋さん、左官さん、板金屋さん、タイル屋さん、その他にも設備、電気、建具、造作家具と、細かく分けるとまだまだたくさんの業種に分かれますので、一つの工程が終わって次の工程に移るときに、通常の現場だと私の知る限り、かなりのタイムロスがでているように思います。例えば、職人さんたちが複数の現場を掛け持ちしているために、ちょうど良い日程にその現場に入れないとか、職人さんは来たけれど材料が届いていないので作業ができず他の現場へ行ってしまったなど、監督さんの段取りの悪さで現場が空いてしまうこともあり、要領よくやれば1日で終われることを2日も3日もかけてやれば、それだけ工期は延びるし人件費や経費もかさみます。また、建具や造作家具などの製作ものはどうしても現場が出来てから採寸して製作に入るため、やはり時間がかかってしまいます。
 そこで今回、現場をスタートする前に、ほとんどの業種の職人さんたちと直接交渉して、建物の考え方やそのつくり方、工程についてのこちらの考え方を理解してもらい、とにかく2ヶ月で建てることを目的として認識してもらいました。窓枠や建具、造作家具など工場で製作するものは、工場の空いているときに前もってつくってもらうようにして、内部が出来ればいつでも搬入できるようにしました。
 普通は一つの現場の全工程のことなど、職人さんたちからすれば「知ったことじゃない」というのが本音でしょう。言われた日に来て、自分の仕事が終われば次の現場に移ってしまうわけですから、その建物の完成形を見ないまま終わることの方が多いでしょうし、もしかしたら自分の仕事の出来が、良かったのか悪かったのかもわからないままかもしれません。しかし何しろ2ヶ月で終わらせるためには、一人一人がきびきびと作業を終えて、次にスムーズにバトンタッチしなければならないので、現場監督さんをはじめ、職人さんたちの間に自然と共通の目標ができたわけです。そこに「自分はこの建物のこの部分を担っているんだ」という責任感というか使命感のようなものが生まれ、そのことで、現場全体が非常に活気づき、単なる下請けさんどうしを超えた一つのチームになったような感じがしました。実はこのことは想定外だったのですが、現場の全員が一つの目標を共有したときに、自分のことだけではなく、次に入る職人さんのことを思いやって仕事をしていたり、職人さん同士が話し合って仕事を進めている姿を目にして、目標を持つということは仕事にハリを与えるのだということを改めて教えられましたし、協力して一つの仕事を成し遂げたときに、職人さんたちも、それぞれのプロとして、自分の仕事に誇りとやり甲斐を感じたのではないかと思うのです。



−プロジェクトの道のり


このINNOCENT HOUSEの施主であるpanpanさんのブログを読んでいただくとわかるように、着工後は2ヶ月で完成しましたが、それまでにかなりの時間がかかっていることをご理解いただきたいと思います。最初に見学会にいらっしゃってから、土地を購入され、具体的な打合せをはじめるまでに3年近く経過していました。その間、そう頻繁にお会いしていたわけではありませんが、見学会にきてもらったり、メールを交換したりしながら、panpanさんご夫婦の考え方やライフスタイルのようなものを、少しずつ私自身が理解していったということは重要なことです。そういう時間の上にお互いの信頼感が育ち、いき詰まったときにも何とかできないかという気持ちで取り組めたことも事実です。ですから、panpanさんの家を最初からこのやり方でと考えていたわけではなく、色々な試行錯誤の上に行き着いたやり方ともいえます。
 常々私は、何十年もローンを組んで一生に一度の家づくりを行い、子供の教育費や老後のための貯えもしていかなくてはならない若い世代や、安かろう悪かろうではない、合理的な家づくりをすることで、生活に本当の豊かさを持たせたいと考える人たちのためにも、やはりもっとリーズナブルな価格で質のよい家を供給することが必要なのではないか、と思ってきました。スクラップ&ビルドではなく、長く残せる住宅をつくることは、社会に対して良質な財産を残すことにも繋がりますし、つくり込み過ぎていない、しっかりとしたつくりのシンプルな建物は、色々な用途に利用することが可能であり、結果的に長く利用することができるということを、私自身の事務所のリノベーションを通じて再認識したことも、このプロジェクトのきっかけになりました。
 昨年私は築40年の古い住宅を改修して、事務所兼椅子のギャラリーとしてオープンしたのですが、そのときに私が自分で現場を管理・監督していて気づいたことは、一つは工法的な発見です。元来手間がかかると思われている構造が、見方を変えれば、効率的に現場を進めるために非常に有効なのではないかということを考えるきっかけになりました。そしてもう一つが、建築工程のたくさんの無駄を無くすことでもっとコストは落ちるはずだと実感したことです。この無駄な部分とは、旧態依然とした建築業界の“古さ”に繋がる部分でもあるのですが、見積のわかりにくさなども含めて、もっとシンプルにできないものかと、ギャラリ−の改修工事を通じてますます思うようになりました。
 INNOCENT HOUSEでは、このプロジェクトを始める前に、ほとんど同じ図面で競争入札を行いました。私としては工程のことまで考えてなるべく工期がかからないようにと描いた図面だったのですが、積算する人がその意図をうまく読み取れなければ、かえって高くついてしまいます。実際一番高い業者では1000万以上予算を上まわりましたし、一番安かったところでさえ予算とは程遠い金額でした。もし最初から競争のないところでご指名の業者さんだけに見積を頼んでいれば、もっと価格は跳ね上がっていたであろうことを考えると、建築の見積りとは何なのだろうといつも考えてしまいます。結果的には、若干の変更はしたものの、ほとんどグレードを落とさずにほぼ予算通りの金額におさめることができたのですが、そのために、各下請け業者さんとの交渉の日々が始まりました。
 それぞれの業者さんに事務所へ来てもらい、コストを下げるために無駄をなくした設計をしているので工期が縮められるはずであること、そして各職種の日程を地鎮祭の前にはそれぞれ細かく決めてしまうので、職人さんとしても予定がたつし、予定がたてば他の仕事をいれることもできるのだから是非協力してもらいたい、というような交渉を一人一人行い、ひたすらこちらの考えを理解してもらうことに励みました。その結果、皆さん快く了解して下さったことで、このプロジェクトをスタートすることができたのです。



−プロジェクトの真髄

下請けさんというと何だかあまり響きがよくないと思われるかもしれませんが、通常私共が入札を行うのは、ゼネコンや工務店といわれるような建築請負業者です。しかし、実際に現場で作業をし、形づくっていくのは、その下で仕事を請け負っている業者さんや職人さんたちなわけで、実際その人たちがいなければ建物はできません。けれどまた、20種以上にも上る業種を一つに束ねる存在の元請け業者なしには、現場をスムーズに進めることはできませんし、施工者という立場で請負ってもらうからこそ、責任をもってアフターメンテナンスなどもきちんと対処してもらうことができるのです。
 今回私がTEAM A+D PROJECTで行ったことの中で、従来と最も違うところは、これまで設計者、請負業者、下請けさんの間にあったタテのつながりを、ヨコにつなげて風通しをよくしたということです。そこにこそ、このプロジェクトの真髄があるといえます。そして今回、アーツ&クラフツさんにその趣旨を理解していただき、また岩清水さんという若い現場監督さんが一生懸命取り組んでくれたことで、非常に良い結果が生まれました。panpanさんこと、INNOCENT HOUSEの施主様も、試行錯誤しながらの道のりにお付き合い下さり、私の考えにご理解をいただきましたことに心より感謝申し上げます。
 今回TEAM A+D PROJECT でつくった住宅のネーミングを「KUMAMOTO MODERN HOUSE」とし、その第1号であるINNOCENT HOUSEを「KUMAMOTO MODERN HOUSE 01」としました。先日その反省会を職人さんたちと現場で車座になって行ったのですが、それぞれの職人さんたちから、次はこういう風にするともっといいのではというような積極的な意見がたくさんでました。職人さんたちにそういう意識を持ってもらえたことが私自身とてもうれしかったですし、ちょうど同席されていたアーツ&クラフツの課長さんが、「こんな現場は初めてだ」とおっしゃって、「設計者と請け元と職人さんたちが、工事が終わってこんな風に反省会をするなんて感動しました」と言って下さったことで、私のやってきたことは間違いではないという確信を持つことが出来ました。このプロジェクトは、住宅はもとより、事務所や店舗などにも可能なプロジェクトです。それは、それぞれのプロたちが集まってつくりあげる、本来あるべき建築の姿だと思います。
 また近いうちにTEAM A+D PROJECTの職人さんたちと、チームを組んでいっしょに仕事ができることを今から楽しみにしています
。                          ACTIVE DESIGN 代表 佐藤 栄次

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